2008年11月16日日曜日

セレンディピティ

最近、セレンディピティという言葉をよく聞きます。リンクしたWikipediaで「偶然幸運発見能力」というものすごい訳語が暫定的にあてられていますが、確かにこの概念を一語で表せる言葉は日本語はなさそうですね。セレンディピティの意味を分りやすく説明するものとして、日本のことわざである「瓢箪からコマ」とか「棚からぼた餅」などをあてている人がいますが、前者は起こるはずのないことが起きる、または冗談で言ったことが本当になること、後者は何の努力もなしに幸運に与ること意味するわけですから、全く適当ではないでしょう。セレンディピティはあくまでも能力であり、普段から知性や感性を磨いたり、地道な試行錯誤を続けているからこそ育まれ、ここぞという時に発揮されるものではないでしょうか?



セレンディピティによく似たイメージの言葉にシンクロニシティ(最近この言葉を使うのがちょっと恥ずかしくなってきたのは私だけですか?)というものがありますが、これらは別概念であるものの、密接にリンクしているのではないかと思います。シンクロニシティ「現象」そのものは、私たちの誰もが日常的に体験しうるものですが、その意義を看破して創造的なアクションにつなげていくためには、まさしくセレンディピティのような能力が要求されるでしょう。もちろん、セレンディピティはシンクロニシティのような概念とは無関係で、偶然はあくまでも偶然であり、単純にビジネスパーソンがたまたま読んだ雑誌の記事から新事業のアイデアをひねり出す実用スキルとして追求することも可能でしょう。ユングの定義に従えば、そこに何らかの意味的、あるいはイメージ的な一致、たとえば秋口にアゲハ蝶について考えている時に季節外れのアゲハ蝶が飛んでくるといった現象が観察されなければ、シンクロニシティが起こっているとはいえないわけです。ですよね?(←本当はよく分かっていないかも)



それで、この話を書いていると、どうしても辻占(つじうら)というのを思い出します。これは特別な道具とか知識は要らないのですが、かなり高度なセレンディピティが要求される占いだといえるでしょう。私も自己流辻占をやりますが、まだまだ偶然幸運発見能力レベルが低いためか、スタバで隣の席のバカップルの話に密かに聞き耳を立てるものの、どうやって自分宛のアドバイスと解釈すればよいものか、混乱してしまうことが多々あるのでした…。





 







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